第三章 純正仕様が本当に一番理想的なのか?
 チューンナップを相談してくる人に私は口癖のように「純正仕様も悪くないよ。だって自動車メーカーが莫大な開発費用を掛け、優秀な技術集団が専門的見地から、妥協点を見つけ世に出してきた仕様なのだから」とアドバイスする。これはこれで正解な部分と不正確な部分とを含んでいる。運転技術が未熟だったり、自動車を下駄がわりに考えたり、ごく普通の使い方をしていたり、メカ音痴で車に対して興味が無かったりする人には正解である。反対に愛車の欠点が解る人、運転技術が高い人、もっと快適な車生活を送りたいと考える人、大事な愛車を長期間維持しようと考える人、車に対する知識が高い人、普通よりレベルの高い走りを望む人、モータースポーツなど特別な使い方をする人には不正解となる。ノーマル仕様は一般的な人の一般的使用をターゲットとして開発されてくる。もちろん多少の過激な使用条件は当然ながらテスト項目として考慮される。それでも乗り心地と操縦安定性とは相反する永遠の解決すべきテーマなので、どこかに妥協点を見出し発売されてくる。新型車が発売されて、大部分は大好評なのに乗り心地が評判が悪いとなれば、マイナーチェンジで改善される。だったら最初からマイナーチェンジ後の仕様をなぜ出してこないのか?といった疑問が出てくる。メーカーによって事情は様々であると思うが、それが車開発の難しさで開発期間との折り合いと言える。またコンピューター解析がどんなに進歩しようが、最終仕様を決定するのはコンピューターではなく、人間の判断であり、市場の評価なのである。
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3−1:普通の走りで普通の耐久性を望むのなら構わない

 チューンナップに興味を持たない人には、チューニングの為に大金を掛ける人の考え方を多くの人は理解できていないに違いない。逆に「なんで純正ではいけないの?」中には「純正が一番」と平気で意見を言う。コーヒーの宣伝文句とは反対に「違いの解らない人は何でも一緒」と大きな勘違いをしている。自動車と彼女が近いと感じるのは、初デートしただけでは数%しか解らないところ。だからディーラーで試乗車に乗った時のインプレッションと、自分の車として1年間使用してみてのインプレッションでは、まるで別な結果になっても何ら不思議でない。それだけ自動車評価の奥は深いのである。一見非の打ち所のない新型車でも、愛車として長年使用していると、次第に欠点が見えてくる。だが、初めて車を購入した人であれば比較対照がないので何も感じず、自分なりに満足していれば「最高の車」と喜んでいても不思議ではない。それが乗車定員一杯に人を乗せ急勾配を登ると、今まで感じなかったパワー不足を感じたり、エアコンをONした途端に出足の加速に不満を抱いたり、ワインディングをハイペースで走行したら操縦安定性に不満を感じたり、大雪が降った途端にワイパーの作動範囲に不満を抱いたりと、次第に欠点が浮かび上がって気になってくる。だから自動車雑誌の試乗記事を読んでも、参考にはなるだろうが、それは自分が感じるであろうインプレッションとは異なるし、実際に乗ってみないと解からない部分も多い。
エンジンオイルやミションオイルの性能についても同様なことが言える。最近の新型車は省資源・省燃費コンセプトを追求しており、低粘度化が推進され5W−20や0W−20のような柔らかいオイル粘度が純正採用されている。確かに低粘度タイプでは、フリクションが低下することにより燃費アップが図れる。私もこの手の低粘度指定の新型車を購入したが、街中では特に問題を感じなかった。しかし、自分のテストコースでもある箱根の登坂では、エンジンは悲鳴に似た凄まじいメカニカルノイズを発することに驚かされた。それこそ10万km以上使い込み、相当劣化したエンジンから発生するメカニカルノイズと非常に似た音質と音量なのだ。メカニカルノイズの大小は、そのまま潤滑能力レベルを色濃く反映しているので、ダメージ蓄積が懸念された。粘度が柔らかければ、当然ながら油膜は薄くなり保護性能が低下してゆく。このように使用条件でオイル粘度要求はガラリと変化し、それをドライバー自身がそれらを察知し、粘度選択を適正化しなければ、使用を続ける中で問題や故障は発生するだろう。悲しいことにノーマル(純正)が一番と信じこんでいる人は、そこまでの知識を持たないか一般的な使用条件のどちらかであろう。レースは使用条件が厳しいから、特別なオイルを使用することは誰でも理解しやすいが、一般市街地でも、ある領域を超える条件が発生するケースに陥ると、タイヤもオイルも途端に純正レベルではキヤパシティ不足に陥ってしまう。柔らかい粘度のオイルも設計ポイントの項目で話をした「鈍感設計」の正反対であり、ひとたび限界点を超えた場合のダメージはより大きくなってしまう。それよりもオイルや新型車の開発者達も実験室での評価ではなく、実際の走行、しいて言えば箱根の上り下りなどのようにストレスが発生する環境で、長時間試乗テストを繰り返すべきである。(秘密保持の観点からテストコース内に限定されてしまうが・・・)普通より少しハイレベルな走行条件に追い込まれた場合や、オイル交換に無関心の人が交換サイクルを無視し(つい忘れたりして)た際にはトラブルに見舞われる頻度が高まる訳である。メーカー側から分析すれば、指定交換時期を無視した側の落ち度であると判断するが、キャパシティに余裕のある設計をしていれば、万が一の際にもその余裕範囲がカバーしてくれるので、ユーザーのメンタルな面への負担軽減に繋がっている。
0W−20や5W−20などの超低粘度なオイルになればなるほどに保護性能を分担する潤滑レベルの差が大きく性能や耐久性にダイレクトで影響してくる。これは10W−50などの油膜の厚いオイルとは比較にならない特性である。油膜が厚ければ多少性能が低くても余裕分は大きくなるので大きな問題となりにくい。従って低粘度オイルになればなるほど潤滑能力に優れる製品を探し出すことが重要ポイントとなってくる。

アクセルの踏み方ひとつでも、その人の性格が色濃く反映され、ゆっくり優しく触るように加速させる人、反対に一気にガッと踏み込む人、一度踏み込んでからアクセルを少し離す人など、実に様々である。幾度となく書いてきているように全ての走行条件は千差万別なので、当然ながらノーマルで充分な人が存在する反面、ノーマルでは満足出来ないと感じる人も出てくる。
レースにおいてはアクセルをあまり踏まない(パーシャル域)走り方はしない。アクセルを大幅に踏み込んでいる時間がほとんどである。一般市街地は渋滞のノロノロ運転に代表されるように、時速10km以下での低速運転を強いられたり、真夏の炎天下で渋滞にはまり、エアコン全開で停車しているケースも多い。これはこれでエンジンもエンジンオイルも、そしてエアコンコンプレッサーにも過酷な条件なのである。しかしそのダメージはドライバーには一切見えてこない。そして内部にダメージは蓄積されてゆくことになる。なぜなら走行することでラジエターコアに外気温の走行風は通過し、エンジンルーム内の熱気も排出される。エンジンオイルの役割は摩擦部分と燃焼室の両方の「冷却作用」を担っている。冷却はエンジン本体から放出される冷却よりも、ラジエターコアを通過して放熱される冷却作用が重要となってくる。渋滞が長時間続けば、エンジンルームにこもる熱は蓄積され次第に上昇を始める。近年地球温暖化により、世界中の最高気温が塗り替えられているが、ここでもメーカーが温暖化による温度上昇分までをも設計許容限度に盛り込んでいるかが気になるところである。限界値の低い設計だとトラブルに結びつくが、限界値が高ければ多少の上昇には影響されない。更に、ここで純正より潤滑性能が高いオイルを使用中であれば、摩擦熱発生は軽減できるので何事も起こらない。レースでも一般車でも最後は人間の経験と考え方が大きな違いとなって現れてくる。
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3−2:車の技術は日進月歩で進んでいるが・・・

 昨今の最先端技術の進歩には目を見張るものがある。私は20代後半の時、8mmフイルム撮影機を購入して子供たちを撮影していた。音声記録はされないタイプだった。その後、音声録音できる新型機の購入をためらっていると、繰り返し録画や再生ができる磁気テープ記録の「ビデオカメラ」が発売され、思わず購入してしまった。(カメラとレコーダーは別体。カメラとの総重量は10kg近くあったように記憶している。)それがその後は、あれよという間に小さくなり始め、いつ購入したら良いのか迷ってしまう程であった。テープも当初のVHSフルサイズからミニサイズ、そして8mmを経てデジタル時代へと突入した。そして今やマイクロドライブ記録の時代。サイズもティーカップサイズにまで小さくなった。だが大きさは小さくなっても、映像の美しさは初期のビデオカメラとは比較にならないほど美しくなった。
同様に、新しい技術投入によって、基本設計は現行エンジンのままでも公害を出さない車が燃料を見直すことにより解決するかもしれない。その第一候補が水素ガスであり、私がニスモに在籍している頃から、ある大学が水素ガスを燃料とする自動車の開発を行っていた。
しかし、これが趣味の領域の話だと理論値だけではつまらなくなる。現在のレシプロエンジンの燃焼具合は完全燃焼ではなく、まだまだ100%完全燃焼に向かって改善の余地が多く残されている。だから、アーシング、トルマリン、SEVなどといった、燃焼改善アイテムが製品化されるのである。逆に言えば、メーカーが100%完全燃焼を確立してしまったら、エンジンに関するチューニングアイテムのほとんどは意味をもたなくなってしまう。それはそれでつまらない世界かもしれない。
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3−3:なぜ超高性能オイルは純正採用されないのか?

 自動車メーカーの開発は純正指定オイル(年々規格は新グレードが追加されてくる)を元に開発が行われる。よほどの高性能バージョン(新型高性能エンジン)でなければ純正オイル性能を変更しようなどといった発想は浮かばない。ディーラーではオイルをサービス品として利用することも多いが、開発においての重要課題はコスト低減であり、オイル性能アップはそのままコストアップに直結してしまう。大衆車と高級車、ターボ有り無しでもオイル要求性能は異なってくるので、純正オイルとは言っても車種や使用目的に合わせ、数種類が選択できるように考慮されている。オイルにこだわる人は少し高くても良いオイルを選択するが、そうでない人は価格が少しでも安ければOKと正反対に分かれる。「潤滑レベル対価格」とのコストパフォーマンスなど、考えたこともないというのが一般の大多数だろう。どんな場面でも共通して言えることは中途半端な知識の人と、頑固で人の話を受け入れない人が一番始末が悪い。かえって何も知らなくても素直に受け入れてくれる人には難しい話でも伝わりやすい。確かに「振り込め詐欺」に代表されるように簡単に信じてはいけない世の中であるから、自己防衛力が働き危険を回避することも大事なことではあるのだが・・。
オイル性能を向上することにより「車両の耐用年数」が向上する。(後の項で詳しく解説する)資本主義経済は消費文化に支えられ、発展するよう宿命づけられているので、耐用年数が過度に長くなることを歓迎していない。嘘か本当かは定かでないが市場では「○○○○タイマー」(○○○○は某家電メーカー名)という言葉が聞かれるように、ある一定の期間で故障することが企業戦略として盛り込まれていても不思議ではない。短すぎる耐用年数ではクレームが増加し、商品イメージやメーカーイメージが悪くなる。逆に耐用年数が長過ぎれば「買い替え需要」は生まれてこない。従って販売価格と耐用年数とのバランスはある意味重要であると言える。
そうは言っても省燃費やリサイクルに代表される対環境性能への要求と、更なるエンジンを含む車両性能の向上も望まれるので、それに対応した純正エンジンオイルの性能特性も僅かづつではあるが変化・向上が図られていることになる。
これ以外にも、あらゆることを総合的に検討することになる。自動車メーカーに要求されることは一般の人の予想とは少し異なる場合も多い。経済的に恵まれていない国の車事情を少し深く考えれば解ることだが、性能の悪いオイルしか手に入らず修理しながら車を長年使用する国や地域が多く存在している。性能的に優れるオイルはコスト的にどうしても高価格になってしまうので良いオイルと判っても使う余裕などはないし簡単に入手できまい。従って純正オイルより性能の落ちる粗悪品でも問題が発生しない「余裕度設計」が要求されることになる。このようにオイルに限らず製品開発においては「性能に優れるから純正採用する」と言うような単純な開発では無いことが理解できてくる。
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第四章 プロ生活43年間で学んだこと